回収が具体化する前に備えておくべきポイント-各論
(1)債権債務関係の確認
- 「誰が」、「いつ」(「何があったら」)、「いくら払うか」を明確に!
- 債務者と合意した人とが同一か?
- 文書が削除されたり、一方的に改変されたりしないか?
債権債務の確認方法としては、典型的には契約書を作成する方法です。なお、よく、契約書のタイトルが「契約書」なのか「覚書」なのかによって効果が違うのかと聞かれることがありますが、契約書の本文で契約の内容が完結しているのであれば、タイトルによる影響はありません。
また、契約内容さえ明確になっていればよいので、必ずしも書面によってこれを確認する必要はありません。メールやSNS上のやり取りで確認する方法であっても、必要な内容が明記されていれば差し支えありません。
ただし、その内容を相手方が後日一方的に消去できるようなツール、また相手方のアカウントと債務者本人との紐づけが不十分なツールで合意を行うことは避けるべきです。後日証拠化したいときに情報を消去されたり、アカウント名と債務者本人との同一性を争われたりする危険があるからです。
債権債務内容の確認として大切なのは、①誰が、②いつ(あるいは②´どういう条件が満たされたら)、③いくら支払うか、ということが明確になっていることです。
(2)債務者の属性の確認
- 債務者の名称(氏名)、住所、連絡先、住所に実態があることを確認!
- 注文者と請求書の宛名に相違を生じていないか?
すでに説明したとおり、債務者の属性の確認としては、少なくとも債務者の正式名称(氏名)、住所、連絡先(電話番号)、そしてその住所に実態があることを確認しておくことが必要です。
このような事項を確認することは当然のことのように思うかもしれませんが、事業者間の取引でも次のような形で少なからず散見されます。
① トラブルになって会社住所に行ってみたらレンタルオフィスだった
② トラブルになっていざ内容証明を送ろうとしたところ、発注時と請求時とで相手が異なる法人名を使用しているなど、契約当事者が確定できなかった
①の場合は、そもそもいわゆる「取り込み詐欺」である可能性が高い事例です。取り込み詐欺の場合、最初数回の取引については小規模ながら金払いもよく、優良な取引先であるかのように振舞うことが多いです。わずか数回の取引実績だけをもとに実態のある取引先であると軽信することは危険です。
②の場合、当該営業員の実態が、特定の会社の正式な従業員ではなく、ブローカー(仲介人)であることが少なくありません。その場合、その営業員やその営業員が名目上所属している会社に全ての責任を押し付け、真実の取引先は債務を否定することがあります。
なお、個人間の取引では、SNSで知り合った者との間で金銭の貸借を行うなどし、その者のアカウントやハンドルネームしか知らないという事例が近年増えており、注意が必要です。
SNS運営者を通じても、アカウントの使用者の氏名等の個人情報を取得することは容易ではなく、その他に明確な情報を把握できていない場合には泣き寝入りを余儀なくされる場合が少なくありません。
(3)債務者の資産状態の把握
- できる限り次のような情報を得ておく!
【入手しておきたい典型情報】
○事業者の場合
- ・過去数期分の決算書
- ・所有不動産の有無・所在地番
- ・主な取引先の名称・取引概要・取引先からの入金時期
- ・メインバンク及びその他の取引銀行・支店
○個人の場合
- ・所有不動産の有無・所在地番
- ・収入状況(勤務先・毎月の収入概算・入金時期)
- ・メインバンク及びその他の取引銀行・支店
- ・将来の支払に影響を及ぼすおそれのある債務の有無・内容
- 契約書に資産状態の開示を請求する権利を挿入する。
- 継続的に資産状態をチェックする。
- 利害が一致している契約時、相手方の支払が滞って支払時期や方法の変更の申入れを行ってきた時を利用して情報を得る。
資産状態の開示を得ておくことが有益であることは当然のことですが、具体的にはどのような資産の開示を得ておくのが有用でしょうか。
この点、上で指摘した情報がひとつの典型的な情報になるかと思います。
事業者の場合も個人の場合も、不動産、収入先、メインバンクに関する情報を得ておけば、いざ債権回収の問題が生じた際に、これらに対する資産を押さえて現実の回収につなげることができるため、有益です。
また、特に、債務者が事業者の場合、メインバンクに対する預金債権や主要取引先に対する売掛金については、これらに対する仮差押が行われた場合には当該事業者の経済的な信用にかかわるため、仮差押の可能性を極力回避したいと考えるのが通常です。
このことから、それらの情報を持っている債権者が自ずと高い優先順位を維持でき、任意の返済を得やすい地位を維持することにも成功することになります。
一方、事業者や個人の他の債権者に対する負債の有無・内容に関する情報は、それ自体としては回収につながる情報にはなりませんが、そもそも支払を滞るような危険な取引先か否かの判断に資するため、取引自体を回避したり、取引の規模や支払サイクルなどを考慮に入れてリスクを最小限に抑える工夫につながります。
また、これらについて詳細な情報を得て取引関係に入った後、これらの情報に虚偽の情報が含まれていることが明らかになった場合、そのことを理由に詐欺による告訴を行うなど、刑事事件化することで、結果として優先順位を上げることに成功し、債務者から任意の支払を得られる可能性が高まります。
なお、上記のような情報は、契約関係に入るか否かを判断する上でも重要であることから、契約時に得ておくのが適切です。この点、契約時は、双方が契約を行うことに共通の利益を持っていることから、それらの情報を得やすい環境が整っているとも言えます。
もっとも、契約時に所有していた財産が契約後にも維持されているとは限りませんし、財産状態が悪化した際に意図的にこれを移転する場合もあります。そのことも考慮に入れると、契約期間中、任意の時期に債務者の資産状態の開示を得られる条項を契約書に挿入しておくのが適切です。
また、債務者から支払が遅延するなどし、支払時期や方法について変更の申入れがあった際には、資産関係の開示を行うことを条件にこれに応じることが考えられます。
この点で、支払遅延の初期段階も、資産関係の情報を得る貴重なタイミングのひとつと言えます。
(4)違約時の取決め
- 違約時に備えて次のような条項を入れておく!
○期限の利益喪失条項
不履行時に催促しても不履行が解消されない場合や重大な不履行時に直ちに、全債務について相手方が期限の利益を失って一括返済を求めることができる条項。
○遅延損害金
金銭の支払の不履行時にこれに対して一定の割合による損害金が付帯されることを定めた条項。一般には年14%など比較的効率のものが多い。
○違約金
金銭の支払以外の債務を負っている当事者がその債務を怠った場合に、予め具体的な違約金を定めておく条項。
○解除条項
法律に基づく解除ではなく、契約によって催告せずに当然に解除できる場合などを具体的に定めておく条項。
- 継続中の契約でも、更新時や債務者の債務不履行時などのタイミングで「覚書」などとして基本契約に追加して上記条項について合意する。
契約書の中で債務者にとって厳格な責任を定めることに成功すれば、他の債権者よりも優先順位を上げることができることは当然ですが、実際には、どのような条項の契約を、どのようなタイミングで相手方から取り付けるのが適当なのか悩むところかと思います。
一般に挿入しておきたい条項としては、おおよそ上記のような条項が考えられます。
契約時にこれらの条項の追加を債務者に求めることを遠慮した結果、債権回収が現実化した時点で後悔することも少なくありません。特に、上記の中でも「期限の利益喪失条項」がないため、重大な不履行があっても支払期限が到来していない他の支払についてはなお請求することができず、その間に資産隠しが行われるなどして債権回収のチャンスを逃すことがあります。
これらの条項はごく一般的な条項ですから、契約締結時に限らず、折を見て債務者に追加を提案して差し支えない条項かと思います。たとえば基本契約書の更新の際に上記条項の挿入を求めたり、債務者が不履行を一部に生じた際に上記条項を含む覚書の締結を求めるなどするのが適切です。
(5)担保・保証の設定
- できる限り契約時に担保・保証の設定を!
- 将来のリスクと対比し、債務者の不履行時に、条件について重大な譲歩をしても担保・保証の設定を優先するべき場合がある。
- 保証契約の設定においては法律の要件に照らして有効な契約を。
債務者から担保の提供を受け、または債務者の代表者などの関係者を保証人に取り付けることに成功すれば、現に担保や保証人から回収することができ、また担保・保証からの回収を回避するべく債務者による任意の返済も期待でき、より債権者として安全な地位を得ることに成功します。
担保の設定については、不動産に対して抵当権を設定することが一般的に広く行われていますが、保険金請求権や敷金返還請求権などの債権に対して質権を設定する方法、自動車に対して所有権留保を設定する方法、売掛金に集合譲渡担保権を設定する方法など、資産価値があるものに対しては基本的には担保を設定することが可能です。
一方、保証契約については、2020(令和2)年4月1日施行にかかる改正債権法によって、さまざまな保証人保護規定が盛り込まれた関係で、旧法下と比べると保証人を取り付けることには注意が必要になっています。
担保・保証についても、やはり、利害が一致している契約締結時にその設定を求めるのが簡便です。
もっとも、担保・保証の設定は、債務者にとって重要な資産の流出を招き、または第三者を債務者に引き込むリスクがあるため、資産開示や違約時の定めの追加よりその設定を得ることは困難です。
一方で、担保・保証の設定を得ておけば、万が一債務者が破産した場合などにも、その設定を受けた債権者は担保や保証人から回収を得る余地を生じることから、その債権保全の効果は絶大です(ただし、担保が債務者の資産であった場合、担保設定が詐害行為や否認対象行為に該当するおそれがあります)。
これらの事情から、債務者が破たんに瀕し、債務者から長期分割返済や減額などの重大な条件変更が申入れられた際に、その条件として担保・保証の設定を求めるのが現実的に想定されます。
その際には、債務者の破たんの可能性と破たんした場合の回収可能性を適正に評価し、長期分割や減額などによる不利益と担保・保証の設定による利益とを総合評価して、その是非を判断しなければいけません。