優先順位の確保(手続きの選択)
優先順位を確保するために、どのような手続を選択していくべきかを解説します。
なお、次のページでは、優先順を確保するための請求対象についても整理して解説しています。
(1)内容証明郵便による催促
督促交渉のスタートとして内容証明郵便を利用することは、債権回収事件でもごく一般的な方法です。
弁護士が内容証明郵便について考える最大の利点は、通知事実や通知内容を証拠化できることにあります。
特に請求や通知した事実が法律上の要件になっている場合には、当該事実を証拠化するため、これらを内容証明郵便で行うことは不可欠です。たとえば、解除の意思表示を証拠化したり、遅延損害金の起算点としての請求事実を証拠化したり、債権譲渡を通知したことを証拠化したりする場合が代表的な例です。
もっとも、通知・請求内容を証拠化するべき要請が高くない場合でも、督促を内容証明郵便で行うことには一定の利点があります。あえて申し上げるまでもないかもしれませんが、普通郵便で督促するより、内容証明郵便で督促する方が債務者に本気度が伝わり、または訴訟等の法的手続が切迫している印象を与えやすく、債権者としての優先順位を高めるのに効果的である点です。
ただし、内容証明郵便はいわば通知内容を入れる“入れ物”ですので、肝心なのが内容であることも言うまでもありません。内容としては次のことを意識する必要があると考えます。
- 請求根拠が明示されているか(誤っていないか)
- 返済期限や回答期限が明示されているか
- 期限内に債務者が誠実な対応を行わなかった場合の債権者の態度がある程度明確になっているか
なお、内容証明郵便の一般的な注意点等につき、弁護士ドットコムニュースに記事を寄稿しておりますので、詳しくは同記事をご参照ください。
(2)保全手続の利用
債務者が具体的な資産を保有している場合、これをそのままにして督促交渉を進め、または訴訟手続を進めた場合、債務者がその資産を第三者に贈与するなどして隠してしまう事態が想定されます。
そこで、これを防ぐため、民事保全法は、その資産を仮に差押えるための手続を用意しています。
保全するべき債権の存在と保全の必要性を疎明することで、債務者の不動産、債権、動産等の財産を仮に差押えることができる手続です。
仮差押は、あくまで債務者の資産を仮に押さえて債務者が勝手に処分してしまわないようにするための一時的な措置なので、本来、これに続く裁判で判決を得て、強制執行によってその資産を強制的にお金に換えることが想定された手続となります(「仮差押」に対比する言葉で、この場合の執行を「本執行」などと言います。)。
このことから、仮差押は、基本的には、その手続によって直ちに債権の満足を得ることを目指すものではありません。
ただし、債権者が現に法的手続をとったことで、何ら手続をとっていない債権者と比べ、貴社(あなた)の本気度ないし本執行への切迫度を示すことができますから、自ずと優先順位を上げることに寄与します。また、仮差押は、その対象資産によっては、仮差押事実が金融機関や取引先等に対して知られ、結果として債務者の経営不安等を示すこととなるため、これを払拭するべく、債務者から任意の返済を得るきっかけとなることも少なくありません。
なお、仮差押決定には、一般には、対象資産の15%~30%ほどの担保金の供託が必要とされ、かつ、万が一仮差押が違法であった場合には逆に債務者の損害賠償請求権の引き当てとして当該担保金を奪われてしまうおそれがありますので、一定期間担保金が塩漬けになること及び担保金を債務者に奪われてしまうリスクについてよく理解した上でその実施の当否を判断するべきです。
(3)民事訴訟
(3)-1 金銭請求訴訟の提起
通常どおり金銭請求の訴訟を提起し、判決を目指すものです。
複数の債権者を抱える債務者であっても、法的手続に移行している債権者は多くないのとすると、訴訟提起を行うだけで、他の債権者と比べ、本気度や本執行への切迫度をアピールすることに成功し、貴社(あなた)の優先度を上げることにつながります。
また、訴訟は、基本的には、請求権の存否を明らかにし、債務者に一定の支払を命じるための手続ですが、一般には訴訟を通じた和解の可能性も模索されます。裁判官によっては、和解による解決に積極的な場合も少なくなく、その場合には、当事者間の話し合いでは実現できなかった程度にまで債務者から歩み寄った提案や資産開示が得られる可能性があります。
(3)-2 詐害行為取消訴訟等の提起
債務者が資産を第三者に譲渡するなどしている場合に、当該第三者を被告として当該譲渡行為を取消して資産を戻すよう命じたり、譲渡資産相当の代価の支払を命じたり、当該第三者に対して商号続用者としての責任(会社法第22条第1項)を追及することが債権回収上有効です。
これらについては、要件の該当性などについて細かな検討が必要になる部分ですので、今後別途詳しくご紹介していきます。
(3)-3 会社法429条に基づく損害賠償請求
債権者が債務者となる会社の違法な取引等によって損害を被り、その違法な会社の取引等が、会社の取締役らの重大な注意義務違反に原因している場合、債権者は、その損害賠償請求を、会社の取締役らに対しても行使することができます(会社法第429条)。
たとえば、会社として売買代金を支払うつもりがないのに商品を購入するいわゆる「取り込み詐欺」の事例、会社として返済意思がないのに借入をおこしたような事例、会社が違法な投資商品を販売したような事例で、取締役らがその注意義務に重大に違反した場合などに、会社に対する損害賠償請求権と同額の請求を取締役らに行使する場合が考えられます。
この点、一般には、会社が当事者となっている取引につき、取締役らが責任を追及されることがあるということ自体があまり知られていないので、そのような取締役らに損害賠償請求を行うことは、“不意打ち”としての効果が期待できます。“不意打ち”となる結果、一定の心理的効果が期待できるだけでなく、取締役らが資産隠しなどしていない可能性も高まることから、当該資産からの回収による現実の回収も期待できるうえ、当該資産からの回収を避けるため自ずと取締役らの責任追及を行った債権者の優先順位が上がるという効果も期待できます。
特に、会社の違法な取引を主導している取締役ではなく、実質的に会社の業務にかかわっていない名目取締役や監査役のような役員については、自身が会社の債権者らから請求される事態を想定していない場合がほとんどですので、心理的な影響や現実に資産を保有している可能性が高まります。
(4)執行手続(本執行)
訴訟による判決などの「債務名義」を取得した場合、これを利用して強制執行手続に移行できます。
もちろん、現実に回収可能性のある具体的な資産に対して強制執行が実施された場合、それ自体で現実の回収が進むだけでなく、債務者の中で自ずとその債権者の優先順位は高まり、和解による解決を促すことも期待できます。
また、それ自体で十分な回収が見込めなくても、債務者の事業収入の根幹になる資産や対外的な信用に影響する資産に対して強制執行を行った場合も、その債権者の優先順位を高めることにつながります。たとえば、主要な取引先に対する売掛金、事業の根幹となる工場の不動産、メインバンクに対する預金差押等です。
他方、これら具体的な資産を把握していない場合でも、動産執行には一定の効果が期待できます。まず、動産執行の利点は、申立の要件として具体的な対象財産を特定する必要がない点です。
また、実際に債務者の住所地等に執行官と共に訪問し、売却できそうな資産を探索する過程があるため、債務者にとっては大きなプレッシャーになります。しかも、債務者が立ち会った場合、執行官から支払を促してもらえることも少なくありません。
(5)破産手続に関連した方法
資産の把握に関するページでもお伝えしましたが、債務者が破たん状態にある場合、債権者は、自らその債務者の破産を申し立てることができます。
破産を免れたい債務者は、財産があることを積極的に示す必要があるため、その過程でその債権者は債務者の資産を知ることができますし、債権者に申立を取下げさせるために申立外で和解を提案することも考えられます。
このように、破たん状態にある債務者で、かつ、破産を免れたい債務者との関係においては、資産の把握の手段としてだけでなく、申立債権者の優先順位を上げる手段としても、破産申立は有効性があります。
一方、債務者(個人)自らが破産を選択した場合で、免責決定を受けた場合でも、貴社(あなた)の債権が、いわゆる「非免責債権」に該当すれば、破産免責後でもその債権を行使できます。
「非免責債権」としては、たとえば婚姻費用や養育費がこれに該当することが有名ですが、その他にも、意図的に違法な行為をして損害を与えた場合の損害賠償請求権がこれに含まれます。したがいまして、債務者が故意に人を傷付けた場合や投資詐欺を行った場合などでも、債権者は破産後の債務者に対して損害賠償請求権を引続き行使できることになります。
破産後の債務者に対して非免責債権を行使する場合、他に貴社(あなた)と競合する債権者がほとんどいなくなっているため、自ずと債権者としての優先順位が高まっています。また、債務者としても、破産によって債権から解放されたと思いがちですので、“不意打ち”による心理的な効果が期待できますし、破産免責から一定の期間が経過してから資産を探索した場合には現実に回収可能性のある資産が発見されることも期待できます。
ただし、別ページでも注意喚起していますが、原則として破産免責によって債務を免れている状態にあり、その債務者に対して請求できるのは例外的な債権者に限られます。その例外に該当することを慎重に吟味せず、強引な回収を行った場合、民事上の違法に該当するだけでなく、恐喝罪等の構成要件に触れるおそれがあります。
(6)刑事手続
債務者と債権者との関係で、債務者に刑事上罪にあたることが強く疑われる行為があった場合に、これについて被害届や刑事告訴や刑事告発を行い、結果的に債権回収を優位に進めることも考えられます。
① 債権の発生原因に罪となるべき事実が疑われる場合
- ア 非財産的な犯罪行為
- 非財産的な犯罪(暴行・傷害、強制わいせつなど)に対する被害届や刑事告訴は、債権回収を意識してこれらが行われることは多くないと思われます。
もっとも、結果的には、加害者より示談の申入れが行われて示談が成立し、財産的に被害が慰謝されることも少なくありません。 - イ 財産的な犯罪行為
- 詐欺や窃盗や横領等の財産的な犯罪行為については、被害の根幹が財産的な損失にあることから、第一次的には被害回復を意識することが多いと思います。
そのため、手間や労力のかかる刑事告訴や刑事告発を積極的に行わない被害者も多いですが、そのことに高をくくっている加害者も少なくありません。
被害届や刑事告訴や刑事告発が債権者としての優先順位を上げることに大きく貢献することは言うまでもありませんから、積極的に検討するべきです。
なお、近年、投資詐欺被害の相談件数が増えています。
被害者は、「自分は騙された」という思いから、詐欺での被害届や刑事告訴を真っ先に思い描きますが、詐欺の行為や故意を証明することは容易ではありません。
一方、無資格者が投資商品を扱う場合、金融商品取引法上の無登録営業に該当するか、出資法上の預り金の禁止等に該当する可能性が高いです。これらの要件の該当性は客観性が高く、比較的証明も容易であるため、これらに該当する余地のある事件では金融商品取引法違反や出資法違反の罪を理由に刑事告発を行うようにしています。
② 債務逃れの行為に罪となるべき事実が疑われる場合
債権者の請求や執行を免れるために債務者が行う財産隠匿行為が刑事上の罪にあたる場合があるため、これに対して刑事告発を行う方法です。
たとえば、強制執行を免れる目的で財産を隠したり、壊したりし、または第三者へ譲渡したと見せかける行為などは、強制執行妨害目的財産損壊等の罪(刑法第96条の2第1号)に該当します。
また、債権者を害する目的で前記と同様の行為を行い、破産手続開始決定が確定した者については、詐欺破産罪(破産法第265条1項各号)が該当します。
このような債務者に対し、刑事告発を行い、または刑事告発を行うことを示唆するなどし、隠した財産を任意にもとに戻させたり、任意の支払を得るなどする方法が考えられます。
以上のとおり、被害届や刑事告訴や刑事告発を行い、その副次的な効果として示談等を行って債権回収を図ることは、相応に有用性の高い手段です。
もっとも、別ページでも注意喚起するとおり、刑事手続を示唆することは強力なインパクトを持つものであるからこそ、その利用には十分な注意が必要です。もとより、犯罪構成要件の該当性を十分に精査し、掲げる罰条自体が事実と十分に整合している必要があります。また、刑事告訴を示唆する方法も、あたかも罪にあたることや、逮捕されることが確実であるような印象を与え、相手を不当に畏怖させるようなことがないようにしなければいけません。
万が一、それらの配慮を欠いて交渉に臨んだ場合、あなた自身の行為が恐喝罪や強要罪に該当するとして逆に刑事告訴を誘引する事態にもなり兼ねません。